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本主题由 cat 于 2008-12-17 11:37 移动
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02月09日付   前日が新聞休刊日でしたので、この日の「天声人語」はありません。ご了承ください。
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■《天声人語》  02月10日付 「そのときの私の気持ちを共有してほしい。サダム・フセインがアメリカへの脅威だと思ったのは間違いない」。イラク戦争開戦についてブッシュ大統領は8日、米NBCテレビでそう語った。  大統領は「イラクが危険な兵器を隠し持っているのは間違いない」と国民に語りかけて戦争を始めた。しかし「大量破壊兵器の存在を示す証拠はなかった」と調査責任者のケイ氏が証言した。大統領は誤った判断をしたのではないか、と問われての答えだった。  大統領は、フセイン元大統領のことを何度も「危険な男」「狂った男」と非難し、危険が切迫する前に処置する必要があったとも語った。いまなお犠牲者が絶えない戦場に派遣された兵士たちは、大統領の「気持ち」をはたして共有できるのだろうか。  論理よりは感情でもって訴えようとする姿勢を感じた。ワシントン・ポスト紙のウッドワード記者が著書で、大統領を「直感の人」といい、その直感はほとんど第2の宗教だ、と述べたのを思い浮かべる。「没論理」傾向の危うさが表れた番組だった。  英国のブレア首相も防戦に懸命だ。ケイ証言をめぐっては議会で「フセイン政権は大量破壊兵器をつくる能力はあった」と米大統領と口裏を合わせるような反論をした。小泉首相は「隠そうとした人が言わないかぎり、見つけるのは難しいかもしれない」と。  なぜ戦争をする必要があったのか? 米英日首脳の発言は開戦当初から少しずつ変化してきた。いずれ歴史の審判を受けるとしても、問いを発しつづけることに意味はある。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 一言解読: 就美国发动的伊拉克战争的口实展开评述,伊拉克至今没有发现大规模杀伤力武器。美英的立场似乎也在逐渐发生改变,只能留待历史的审判了。
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■《天声人語》          02月11日付  79年のイラン革命に至る道をテヘランでじっと見ていたイスラム学者がいた。前途を心配しつつ、一方で期待も抱きながら。91年、大学構内で何者かに刺殺された筑波大助教授の五十嵐一さんである。  五十嵐さんは革命直後に帰国、まもなく出版した本にこう記した。イランの人たちは、せっかく実りかけた果実が突風で落ちてしまう悲しみを多く味わってきた。その悲しみを繰り返さないためにも「伝統に立ち帰り、それを革新することこそイスラームの途」だ、と(『イラン体験』東洋経済新報社)。  その後、五十嵐さんは、サルマン・ラシュディ著『悪魔の詩』を邦訳した。革命後の最高指導者ホメイニ師がイスラムを冒涜(ぼうとく)したとして、著者に死刑宣告をした本だった。訳本と訳者の死の関連をめぐり憶測が飛び交ったこともあったが、犯人は捕まっていない。  五十嵐さんが心配した革命後のイランは順風満帆とはいかなかった。いまも改革派と保守派とのせめぎ合いが続く。「文明の衝突ではなく、文明の対話を」と説いたハタミ大統領も保守派に妥協したとして、改革派から批判を浴びている。  改革派の旗手の一人、ノーベル平和賞の法律家エバディさんも最近のハタミ大統領には批判的だ。彼女は「イスラムと人権・民主主義とは対立するものではない」「二者択一を迫ってはいけない」と主張を続ける。国内の「衝突」をはたして「対話」に転換できるかどうか。  五十嵐さんは「新生イラン」の希望を若い世代と中間層に託していた。きょう革命25周年のイランである。 一句话解读:文章讲述了91年被刺杀的伊朗的爱国学者五十岚一先生的一些事迹,而今天是伊朗革命25周年,但革命后的伊朗的民主之路仍然困难重重。
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天声人語》    02月12日付    バレエというのは規則の多い舞踊だ。宮廷でのあいさつの仕方が起源ともいわれるから作法にうるさいのか。歩く、走る、跳ぶ、回る。どの動作にも決まりがある。せりふはなく、音楽にあわせて体だけで表現する。  拘束だらけのなかで、驚くほどの軽やかさや優美さを見せる。拘束されながら目指すのは、天空である。動作は上へ上へと向かう。女はつま先立ちで地表から浮き上がろうとする。男は地上高く跳躍する。  「身体はダンサーにとって自分の魂のようなものだ」とは熊川哲也さんの言だ。英国ロイヤル・バレエ団で主役として活躍した彼も、すばらしい跳躍で観客を魅了した。強くてしなやかな肉体が必要とされる。無我夢中で踊り続けるとき「自分をピンと張られたワイヤのように感じる」  高く、高く、を目指すバレエが遊牧民族型なら、重心低く、地表から離れない日本の舞踊は農耕民族型といわれることがある。日本人はバレエに不向きという説もあった。いま国内外で活躍する日本人ダンサーたちを見ると、とても通用しない説だ。あるいは、日本が農耕文化から「飛躍」してしまった結果なのか。  半世紀以上にわたって斬新な舞台をつくり続けてきたローラン・プティさんが演出・振り付けをした「ピンク・フロイド・バレエ」(牧阿佐美バレヱ団)東京公演を見た。ロック音楽にあわせての踊りだ。バレエの規則を壊すことなく、ロックとの鮮やかな「融合」を果たしていた。  手拍子で舞台を盛り上げた観客も、伝統と現代との「融合」に溶け込んでいた。
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声人語     02月13日付    金の首飾りに腕輪、デザイナーズブランドの時計をし、ナイキのシューズを履いている人がいるかと思えば、小説や詩を書いている人や量子力学を勉強している人もいる。  英国の刑務所の囚人たちである。偽証などの罪で実刑判決を受けた人気作家で、上院議員のジェフリー・アーチャー氏が『獄中記』(アーティストハウス)で描いた。宗教によって礼拝や食事制限が違うため、獄房には色分けの名札が掲げられていることや女性職員がかなりいることなどの描写も印象深い。  アーチャー氏の軽妙な叙述に比べ、山本譲司著『獄窓記』(ポプラ社)の方は重苦しい場面が多い。秘書給与をめぐって詐欺罪などで実刑になった元民主党性鹤h員の山本氏が、出所するまでの体験をつづった記録である。  彼はさまざまな障害がある囚人たちの世話係として、食事の世話から汚物の処理まできつい仕事に従事した。英国に比べて所内の規制は一段と厳しそうだ。そんな中で、心に響く人々とのやりとりも描かれる。  昨年出所したアーチャー氏は、刑務所制度の改善などを訴えていくらしい。政治家として復権できるかどうかはわからないが、作家活動を続けていくことに変わりないだろう。一昨年出所の山本氏は、福祉関係の仕事をしたい、と著書に記した。獄中生活を、自分を変える場として考え続けたという。  元社民党性鹤h員の辻元清美被告に有罪判決が出た。山本氏と違って執行猶予がついた。
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02月14日  日本の地名に最も多く使われている文字は何か。こんな疑問が浮かんだのは、国が進めようとしている「平成の大合併」で、元の自治体の名前が次々と消えているからだ。  全国の市町村名を調べると、最多の字は「川」で、216を数えたという。次いで「田」が198、「山」が168で、「大」「野」と続いた(97年4月現在、『日本の地名がわかる事典』日本実業出版社)。  すんなりと、納得できる結果だと思う。「田」や「野」を流れる「川」の向こうに「大」きな「山」が見えているというのは、古来の日本の風景と、よく重なっている。しかし、やはり、川のような原風景の文字は減りつつある。  「川上」という名を持つ6町村が88年に結成した「全国川上町村連絡協議会」が、3月いっぱいで解散する。岡山県の川上町や、岐阜、山口の川上村は合併後に名前が変わる。存続するのは、長野、奈良の川上村だけになりそうだ。  漢字から、ひらがなに変わる流れも強い。栃木県の喜連川(きつれがわ)町は合併で「さくら市」に、高知の伊野町は「いの町」になる。ひらがなには、元の名にあった漢字への愛着や執着を弱めたり、新しい出発を印象づけたりするといった働きがあるのだろう。同時に、それまでの長い歴史が突然消滅するかのような、のっぺりした感じも漂う。  地名の漢字には東西南北も多く、四方位を合わせると288で、トップの川を超える。大中小も目立つが、小と中とを合わせても、大にはとても達しない。上は、下を上回る。地名には先人の思いもこもっている。 咦?这里也开始连载啦,那我也来! 02月15日  イスラエルの北部にあるガリラヤ湖畔は、キリストの「山上の垂訓」の舞台として知られている。湖の更に先のゴラン高原へ、エルサレムからバスで5、6時間かけて行ったことがある。  96年の3月で、たまたまその前月から、日本の自衛隊員が、国連の平和維持活動に加わるため高原に入っていた。イスラエルとシリアに対する国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)への参加である。  この時は時間の限られた集団行動だったので、隊員たちとはすれちがっただけだった。しかし、その地に着くまでに通ってきた高原の異様さを思い、隊員や監視軍の人たちの無事を祈った。  道の両側に広がる野の花の群落の中に、おびただしい数の赤と黄色の表示板が立っていた。地雷のありかを示している。場所によっては花の数より多いくらいで、しかも、それが、車の窓から手を伸ばせば届きそうな所に延々と続いている。争いの長さと深さとを思い知らされた。  昨日、自衛隊のイラク派遣についての政府広報が載った。そこには、派遣についての説明というよりは、「こうなればいい」という、いわば希望のような姿が描かれていた。ゴラン高原に派遣してきたことにも触れていた。しかし、国際社会の合意によるゴラン高原での国連活動への派遣と、今回の米英によるイラク戦争の後の派遣との違いについての説明はなかった。  この日、海上自衛隊も、広島・呉基地を出発した。サマワでは最近、迫撃弾の攻撃が起きた。自衛隊の駐留による治安の変化が起きていないのかどうか、気にかかる。
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■《天声人語》   02月16日付 「冷戦が熱戦になるのを防いだ情熱的で勇敢な男だった」。先週、73歳で亡くなったポーランド出身の男のことを米中央情報局(CIA)長官はそう悼んだ。「裏切り者か、愛国者か」。祖国ではたびたび論争の的にもなった人物だ。  冷戦期の最も重要なスパイといわれたR・ククリンスキ氏である。ポーランド軍将校だった72年から81年にかけて、機密情報をCIAに流し続けた。  民主化を求めた「連帯」の邉婴驈巿Rしようとソ連軍などがポーランド介入を準備したことがあった。彼の情報をもとにカーター大統領がソ連に警告、介入を免れたこともあったそうだ。国際情勢を動かすことしばしばだった。  米国のポーランド系雑誌「ポリッシュ・ニュース」などによると、方法は古典的だ。小型カメラを持ち歩いてこっそり文書を撮影、CIAの代理人に渡していた。81年、米国に亡命するまで家族にも知らせなかった。ソ連崩壊までは米国でも経歴を隠し、偽名を使って暮らした。その間、2人の息子が事故で死んだ。その死が彼の過去に関係あるかどうかはわからない。  彼は自分のことをスパイだとは思っていない。情報提供は自発的で、無報酬だった。ひたすら祖国の解放を願っての行動だった。68年のソ連軍のチェコ侵攻を契機に信念を固めた、と。  スパイを描き続ける作家ジョン・ル・カレ氏が先日、米紙にスパイ論を語っていた。「歴史の巨大な重圧下で個人を表現しようとした人々」と。ル・カレ氏のいう意味でスパイと称されることにククリンスキ氏も異論はないだろう。
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02月17日  結果のわかったスポーツを録画で見るのは味気ないものだ。結果がわかっていなくても、録画では生放送の臨場感は弱まる。ところが、意図的に放送の時間をずらす動きが出てきた。  先日の米国グラミー賞の贈呈式は5分遅れで放送された。全米が注目するスーパーボウルの生放送がそもそもの発端だ。ハーフタイムの余興で歌手の乳房が見えてしまい、非難が集中した。そんな「不測の事態」を避けるために時間差放送をした。  このアイデアを競馬中継に持ち込んだのが、映画「スティング」だった。結果のわかっているレースを、あたかも生放送であるかのように見せかけた。あざやかなだましの手口が、爽快(そうかい)な結末へとつながる。  競馬は無理だろうが、スポーツ番組も含めて時間差放送が広がることには危惧(きぐ)を覚える。毒味をして無害であることを確認してから放送する。いま起きていると思っていることが実は5分前のできごとだった。詐欺とはいえないが、だまされているような後味の悪さがつきまといそうだ。  日本テレビのサブリミナル疑惑が報じられた。1万円札の福沢諭吉の顔のカットをごく短い時間挿入したという。潜在意識に働きかけようとするサブリミナル効果は疑問視されている。とはいえ、画面の小さな操作で大きな影響を与えることがあるテレビが注視の的になるのは、やむをえない。  現実と非現実との境界が薄れていく現代、テレビは境界線上をさまよっている感がしなくもない。少なくとも一方の足は、しっかりと現実の方に踏みとどまっていてほしい。 单词解读: サブリミナル 3 [subliminal] 〔「識閾(しきいき)下の」「潜在意識の」の意〕テレビ・ラジオの放送や映画などに、通常の視覚・聴覚では捉(とら)えられない速度・音量によるメッセージを隠し、それを繰り返し流すことにより、視聴者の潜在意識に働きかけること。 02月18日  象をめぐる神話や伝説は多いが、「象の墓場」もその一つだろう。死期を悟った象が群れを離れ、墓場に向かう。無数の骨や牙が散らばる墓場に身を横たえ、静かに死を迎える。  誇り高き彼らの最期にふさわしい荘重な光景だ。だが、そのような墓場はないというのが定説で、想像の産物とされる。とはいえ、象の死は劇的に語られることが多い。仲間の死を悲しむ姿が尋常ではないからだろう。  瀕死(ひんし)の象を仲間は何とか助けようとする。倒れると、牙で引き起こそうとする。だめだとあきらめたら、埋葬に取りかかる。足や牙でまわりの土をふりかける。鼻で枝を集めて死骸(しがい)にかぶせていく。埋葬が終わってもその場を立ち去らない。アフリカ象の生態を調べた『野性の巨象』(ハミルトン夫妻著・朝日新聞社)には、3日間も死骸を見守った例が出ている。  埋葬は仲間の象だけではない。自分を襲ったライオンを地面にたたきつけて殺した後、やぶから枝を折り取ってライオンの死骸を覆った例もある(『動物たちの自然健康法』紀伊国屋書店)。記憶力が良く、仲間が死んだ場所にさしかかると、後々まで立ち止まるそうだ。  ボルネオ島に生息するボルネオ象が、独自の進化をとげた「新亜種」らしいことがわかった。2千頭ほどしか残っておらず、絶滅が心配される。アジア象全体でも生息数は3万5千から5万頭程度といわれ、「絶滅危惧(きぐ)種」に指定されている。  象を墓場に追い込んでいるのは、開発や密猟である。仲間の死を嘆き悲しむ象の姿は、人間の罪深さを映してもいる。 02月19日  「事と次第では生命の危険にさらされる海外派兵を行うのであれば、その責任者自らも生命を投げ出すほどの覚悟がなければならないであろう」  きのうの党首討論で、民主党の菅代表が手にして小泉首相に迫った本『吉田茂の自問』(藤原書店)の一節だ。日中戦争から太平洋戦争までの外交を吉田元首相が若手外交官らに検証させた機密報告書を小倉和夫・前仏大使が読み解いた。  いったん兵が海外に派遣されると「事態の急変や相手の挑発によって、『自衛のために』戦闘行為に走ることはとめられない」との記述もある。もちろん当時といまとを同列に論じることはできない。しかし、いまたどっている道が果たしてこれでいいのかとたびたび「自問」することの大切さに変わりはないだろう。  米英のイラク開戦を支持し、自衛隊派遣を決めた小泉首相も、きっと自問を繰り返したに違いない。しかし、菅代表の追及への答えは、これまで何度も聞かされたことの繰り返しがほとんどだった。  「政治闘争は知的な争点、見方・分け方の原理を持っている」というのは、フランスの社会学者P・ブルデュー氏だ(『政治』藤原書店)。政治は、これまでとは別の新しい見方を示して、従来の見方に取って代わろうとする闘争だ、と。小泉首相の「繰り返し答弁」を突破できない民主党は、強力な「別の見方」を示すことができないでいるということか。  日本外交の失敗を反省する先の著書に戻れば「すべて根本が大切であるということである」という。「根本に誤りがないこと」だ、と。 02月20日  フランスでは「死者との結婚」が、まれにあるという。先週、ロイター電は、こう伝えた。  ニースで、35歳の女性が、18カ月前に自動車事故死した男性と結婚した。し违辚攻匹毪丹螭稀副摔坤螭扦狻⑺饯媳摔确证梁悉盲縼齻幱Qを大切に思っている」と述べた。事故当時ふたりは婚約しており、式の日は男性の30歳の誕生日だった。  死後の結婚は、ドゴール大統領の時代に導入された法律で認められているという。世界は様々だが、昔、この国の文豪が「あらゆる人間の知識のうちで結婚の知識がもっとも進んでいない」と書いていたのを思い起こす(『バルザック全集』東京創元社)。  米国では、先週、サンフランシスコ市が同性同士の結婚を認め、市庁舎で数十組の結婚式をした。マサチューセッツ州の最高裁は昨年「同性婚を禁じるのは州憲法違反」としたが、ブッシュ氏は判決を批判した。大統領選の絡みもあるようだ。  「結婚こそは人間がなし得る最大の探検旅行であり、いつまでもさうなのだから」と記したデンマークの思想家は、今も、そう言うだろうか(『キェルケゴオル選集』人文書院)。  日本では、著者自ら「30代以上、未婚、子なしの自分は女の負け犬」と書く『負け犬の遠吠(とおぼ)え』(講談社)が話題になっている。微妙なテーマを、バサバサと切り分けていく独特の語り口に、同意や反発が起きているのだろう。日本の古い文人の言葉を引く。「お前が結婚すればそれが嬉しい。お前が結婚しなければそれもうれしい」(『武者小路実篤全集』小学館)。
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■《天声人語》 02月21日付      いっときに、155人もの人々の命が奪われたのである。オーストリア・アルプスで、出発して間もなく火に包まれることになるケーブルカーに、たまたま仱旰悉铯护啤¥饯尾门肖谓Y果が「全員無罪」だった。  事故のすさまじさと判決との間に大きな落差を感じる。事故と判決とを結ぶ線が容易に引けない。隔てている深い闇を、どう考えればいいのか。  オーストリアでは事故当時、ケーブルカーの安全について、一般的な危険防止規定はあったが、火災に関する具体的な安全義務の規定はなかったという。判決は「火災は不幸な偶然が重なって起きた」とした。偶然という「答え」の、とらえどころのなさがもどかしい。  英紙によれば、裁判官は「判決は必ずしも全員に受け入れられるものではないでしょうし、激しい批判にさらされることはわかっています」と述べた。そして続けた。「しかし、我々は真実を発見するためにすべてのことをした。これは、ご遺族にとって敗北ではありません。しかし被告人は無罪です」。行き場のない憤りから来る敗北感は否めないが、控訴審を見守りたい。  事故の直後、急報を受けて現地へ向かう家族と入れ替わりに留守宅に届いた絵はがきを思い出した。「おかーさん おにーさん 元気? 二人でさみしくない? 奈央は毎日とてーも充実した日々を送ってるざんす/新しい発見が多くてすごく楽しいです。今、旅日記つけてるので楽しみにしてて下さい」  中学2年の奈央さんは、父とともに事故に巻き込まれた。消印は惨事の2日前だった。
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■《天声人語》 02月22日付      「どんな魚にしろ魚を捕るのは一種のいわれなき殺生だと考えていた」。アメリカの独立宣言を起草した委員のひとり、ベンジャミン・フランクリンの『自伝』の一節である(岩波文庫)。  肉食をやめていた彼は、ある時、大きな魚が腹に小さな魚をのみ込んでいることを思って、宗旨変えする。「お互に食い合っているなら、私たちもお前たちを食っていけない訳はあるまい」。そして、こう続ける。「人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理屈をつけることもできるのだから」。  独立から、2世紀余の時が流れた。時代も世界も大きく変わっている。ところが、このフランクリンの述懐が、なぜか、今の米大統領のしていることと、どこかで重なり合うような気がしてならない。  イラクの大量破壊兵器の存在が怪しくなると、フセインの圧政を打倒した意義があったとの論になる。次は、開戦前の情報に疑いの目を向ける。そして、その検証の結果が出るのは、大統領選後の来年になる見通しなのだという。  検証は、情報収集の仕方や情報機関のありようだけではなく、情報をもとにして開戦を決めたところにも、要るのではないか。「来た、見た、勝った」は、ローマのカエサルの戦勝報告とされている。「情報が来た、見た、始めた」のがブッシュさんか。「来た、見た、やめた」という判断は、有り得なかったのだろうか。  「よい戦争もなければ、悪い平和もない」。フランクリンはこんな言葉も残している。
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